さがみはら起業・創業サポートNavi開設記念インタビュー
当サイトの公開を記念して、本市で創業し、東証1部上場企業へと成長を遂げた株式会社アルプス技研の創業者である松井利夫最高顧問へインタビューさせていただき、経営者の心構えや未来の起業家へ熱いメッセージをいただきました。
プロフィール
株式会社アルプス技研(技術者の派遣・請負業の大手) 創業者 最高顧問
多摩大学大学院経営情報学研究科修了 経営学修士(M・B・A)
1943年1月1日生、新潟県南魚沼市(六日町)出身。1961年、高校卒業と同時に上京。
サラリーマンと夜学と登山の青春時代を経て、1968年25歳の時、相模原市南区相武台にアルプス技研の前身である松井設計事務所を創業。
1971年有限会社アルプス技研設立、その後株式会社に改組し、2000年東証上場。
「地方創生のためには、地域で次世代の起業家を育てることが重要」との思いから、50年余の経営者人生の経験を活かし、日本各地で起業家育成、まちづくりに尽力。
起業家育成は「世の中の人とお金を借りて事業を起こし、広く社会の支持を得て事業活動を行い、会社を成長させた経営者が率先して実施すべき社会責任の一つ」と考える。
「豊かだから与えるのではない、与える心があるから豊かになる」がモットー。
「不便に感じるところにビジネスあり」
四畳半、借家からのスタート ――
25歳だった私は、相模原市南区相武台で起業しました。
高校卒業後、信号機器メーカーに勤めた私は、設計技術者としての道を歩き始めていました。世の中は「いざなぎ景気」、日本製品の輸出が拡大し、経済大国の地位を確かなものとしていました。終身雇用・年功序列といった日本的な雇用慣行により、大量の「会社人間」「企業戦士」「猛烈社員」が出現したのもこの頃です。
このような中で、私が起業したのは、設計技術者として不便に感じていたことがあったからです。
当時、信号機器の設計は、機械設計と電気設計が別々に行われていました。これでは、お客様が不便でしかたがありません。こう感じていた私は、「この不便を事業化してみよう」と考えました。
「一回限りの人生、青天井の世界で自分を試してみたい」「自らの責任において思い切りやってみたい」と思ったからです。
ないないづくし、失敗と反省の毎日
私が考えた事業は、当時、とても斬新で先進的でしたが、現実は大変厳しいものでした。今考えると無謀だったと思います。
当時、私は、本業の設計をしながら、営業や資金繰り、経理など、会社業務すべてをひとりでこなしていました。起業直後は、仕事がみつからず、やっと受注した仕事も不出来だと代金をまともにもらえないこともありました。
カッコよく起業して、スマートな経営者人生を送りたいと考えていましたが、現実は、技術力、資金、信用も人脈もない・・・・。
まったくのないないづくし。失敗の連続、反省の毎日でした。
しかし、自分にあったのは若さ、努力すること、そして、夢と希望。会社を守るために、人の3倍働き、3倍勉強しました。
想像とまったく違う、屈辱のスタートでしたが、これらの経験が、今日の自分の糧となっています。また、うぬぼれる自分を反省することができるようにもなりました。
成功とは、成功するまであきらめないこと
起業すれば必ず成功するというものではありません。むしろ、失敗と屈辱の連続です。辛いこと、苦しいことの連続かもしれません。
さらに、起業後、事業を継続していくことは、起業する前に考えているより、遥かに大変なことです。
優れた起業家が、必ずしも優れた経営者になれるわけではありません。
今、成功している経営者の皆さんが、創業時からリーダーとしての資質を持っているかといえば、必ずしもそうとは言い切れません。むしろ、経営者人生を歩む中で、血のにじむような努力をし、幾多の課題を乗り越えていくことで、自分の限界を超え、本来持っていた以上の力を発揮できるようになったと思います。
経営戦略(ビジネスプラン)や資本は大切です。さらにマネジメント能力、話し上手で頭脳明晰であるに越したことはありませんが、もっと大切なことがあります。
それは、「起業家精神」です。
前進あるのみ。経営者が希望や情熱を持ち続ける限り、活路は見出せる。それが「起業家精神」です。
「事」を成すのは情熱であって、理屈ではありません。経営者の経営にかける正しい情熱と執念をもつことが、経営の本質だと思います。
不可能と思わず、可能性を信じ、あきらめないこと。頭を使い、勘(経営者感性)を働かせることです。
起業家精神でトコトン実行すること。命がけのやる気の前に、立ちはだかる不可能はありません。
そして、できない理由を探さないことです。できない人は、まず、できない理由を探します。
成功とは、成功するまであきらめないことです。
ウエルカム・トラブル
会社を経営していれば、トラブルはつきものです。
私の経営者人生はピンチの連続でした。これまで、オイルショックやリーマンショック、株式公開時など、語りつくせないほど、様々な問題に遭遇しました。
ピンチに落ち込んだこともあります。しかし、ピンチを乗り越えていくと、そのトラブルが不幸ばかりを運んでくるとは限らない、と気づくのです。
トラブルをどう乗り越えるか。
一番重要なことは、経営者としての覚悟をもってチャレンジする。
さきほど話した「起業家精神」です。
そしてもう1つは、周囲の理解と支えも重要です。
これまでに私がもうだめだと思ったこともありますが、誰かが手を差しのべてくれました。経営者として正しい信念をもち、熱い情熱を持っていれば、誰かが手を差し伸べてくれるはずです。
ウエルカム・トラブル ――
度重なる逆境を乗り越えてきた私は、起業して10年を迎えるころには、この言葉が好きになりました。
トラブルこそが人間を成長させる、トラブルが人生をおもしろくすると思います。逆境に立たされたときこそ、真の力が発揮される。逆境は戦略的経営のチャンスです。絶対に逃げてはいけません。
ひがみやねたみを捨て、プラスのエネルギーを発し続けること。そして、高い志を追い続けて、決してあきらめないこと。そうすることで解決の糸口が見えてきます。
起業家育成への思い
1997年の社長退任を機に、「世の中のお金と人材を借りて事業を起こし、成功している経営者は、次世代の起業家を育てなければならない。これは経営者としての責任である」という考えに至りました。
経済の循環機能が活性化するためには、新しい会社が生まれ続けなければなりません。そして、経営を教えることができるのは、経営を体験したもののみができることだと考えるからです。
さらに、これまで私を支えていただいた人や、社会から受けた恩をお返ししたいという気持ちも強くあります。
起業して間もない頃、一番欲しかったものは、経済面と精神面、物心両面での支援であり、その中でも支援者(メンター)の存在でした。器、金と理論だけでは、事業も人も育ちません。本当に求められているのは、人材や経営ノウハウです。
私は、日本各地で起業家育成に励むほか、まちづくりにも参加しています。15年前には「起業家支援財団」を設立、現在は北海道の「とかち財団」がその活動を引き継いでいます。起業家育成塾などで多くの起業家を輩出してきました。これからも続けていきたいと思います。
人間社会において、経済は目的でも主役でもありません。人々が日々、生き生きとし、はつらつと輝いていることが一番大切です。
夢やロマンを持ち、10年先を描いて、未来のことを考えるとワクワクしてきます。そう考えてくれるような次世代の起業家を育てたいと考えています。
起業を考えている皆さんへ
人間社会において、経済は目的でも主役でもありません。人々が日々、いきいきと輝き、夢やロマンを持ち続けることが一番大切です。
自分の理想、夢やビジョンを達成するために執念をもって、チャレンジすることをあきらめないこと。一回限りの人生、ハングリーな心で失敗を恐れず、思いっきり生きてみてください。
私は、自分の人生経験から得たこの考え方を、今、懸命に生きている若い人たち、経営や人生のどこかでまさに逆風の真っただ中にいる方々に、勇気の源として贈りたいと願っています。
会社名
株式会社アルプス技研(東証1部)
主要拠点
・本社
〒220-6218
神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-5クイーンズタワーC18階
・アルプス技研第1ビル
〒252-0131
神奈川県相模原市緑区西橋本5-4-12
・アルプス技研第2ビル
〒252-0131
神奈川県相模原市緑区西橋本1-16-18
設立年月
1971年1月設立(創業1968年7月)